[SIJ: 20896] 令和二年 秋のお彼岸 関ヶ原古戦場円坐 ご案内

premi ptproduce @ bca.bai.ne.jp
2020年 8月 17日 (月) 12:42:28 JST


皆様へ。



表記関ヶ原古戦場円坐の第二報は、14日の東京での影舞クラスの時に受領しまし
た。

それで「明日は・・終戦を迎えた日」のままですが、こうしていつでも明日は終戦を
迎えた日のままであり、

いつでも原爆が落ちた日であり、いつでも死者という存在が生まれた日であるという
ことを思います。

「○○の日」という「一日」は、実は永久に消え去ることはない「一なる日」なので
すね。



永遠の一日、令和二年の彼岸の日に、関ヶ原に参ります。



            

          橋本一家 当主  橋本久仁彦(Sw.Deva Premi)(











みなさま



今年のお盆は、

如何お過ごしでしょうか。



明日は75年前に終戦を迎えた日ですね。



関ケ原円坐の戦守人橋本久仁彦さんと、

関ケ原古戦場円坐スタッフ橋本悠さんの、

歴史的名文をここに掲げまして、

お盆発関ケ原古戦場円坐ご案内第二報を、

送らせていただきます。





今からちょうど420年前の八月。

十日に石田三成は大垣城に入城、

十四日には、

東軍諸将も清州付近まで進出しました。



それから一ヶ月間、

各東西諸将の進出が開始し、

関ケ原合戦前日の杭瀬川の戦まで、

大垣城を軸に戦況は展開しました。



慶長五年九月十五日、

早朝。



西軍・東軍が布陣し、

関ケ原の地において、

天下分けめの決戦となりました。



関ケ原の決死の戦を、

各諸武将は如何に戦ったのでしょう。



関ケ原の決戦は年表スケールで見た、

ただの過去の出来事ではありません。





今も我々の中で脈々と生きています。





我々は、

何のために、

誰のために、

何と、誰と、戦うのでしょう。



果たして、

我々はたったひとりで、

戦うことが出来るのでしょうか。





令和二年、

日本各地から守人諸将が、

秋の彼岸に関ケ原に集まって参ります。





それでは、

最終案内お送らせていただきます。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。



松岡弘子







◆ 橋本久仁彦氏 案内文 ◆



「関ヶ原」とは、1600年に日本が東西二つに分かれて仕合った史上最大の決戦を
指す言葉ですが、



現代の我々も人生の大切な決断に迫られた時に、「いよいよここが関ヶ原だな」 な
どと表現することがあります。







ところで、円坐守人が 「ただありのままに言葉を辿る」 という仕事は、以下のよ
うに定義することができます。







発された言葉に辿り入ることによって、我々の日常生活の在り方が、自分自身による
一生の決意決断の結果として現れた、



深い信念に基づく現実であるという事実に向かい合い、対峙すること。







円坐には、我々の「過去」が今も生き生きと存在しています。



円坐には、我々の「未来」もすでに現れ脈打っています。







円坐という舞台空間には、「現在=今こうしてあるということ」が、過去や未来を含
んでひろがっています。



自分自身の過去現在未来すべての景色が、「今こうしてある」 という円の中で我が
身に迫ってきます。







「今こうしてあること」 から始まる内と外への 「ひろがり」 が円坐の始まりで
す。







場所と対峙し、時間と対峙することは、自分と対峙し、他者と対峙することです。



円坐の空間、すなわち円坐舞台が広がり始め、坐衆それぞれの過去現在未来が言影、
面影として立ち上がってくると、



過去現在未来の出来事が 「今」 という円の中に同時に存在し、互いに布陣する地
理的な風景となります。







これを円坐舞台における「関ヶ原」と見立てました。



おのれの業(ごう)によって、過去と未来の権化となった坐衆の面々は、「今」 と
いう「存在の決戦地」において対峙します。







「ある場所」と対峙し、「ある他者」と対峙し、「この自分」と対峙し、「我が人
生」と対峙します。



あるものは友情に殉じ、自分より強大な相手に果敢に向き合い、あるものは成り行き
を傍観し、あるいは逃げ出し、



あるものは計算高く「裏切り」ます。







癒しや成長や自己の実現という予定調和ではなく、現在の我々のありのままの人間模
様が浮かび上がって交差する生々しい劇的場面と、



そのすべてを包んで安心できる背景のひろがりの確かさを、「動乱の寂滅」と呼んで
います。



円坐という、血沸き肉躍る小さな舞台の骨組みは、この寂滅の「ひろがり」の上に基
礎を置いています。







すでに20名を越える円坐守将(円坐守人武将)が、日本各地から令和二年彼岸の
関ヶ原に向かって進発しています。







それぞれが己自身の、円坐守人、円坐一家としての信念を家紋として旗印に掲げ、隊
列凛として粛々と関ヶ原入りする円坐守将の騎馬姿。



関ヶ原古戦場円坐の屏風絵に描かれることになるその雄姿は、ここまで人生を生き抜
いてきたという一点において、



そして円坐舞台で他者と自己に対峙するという一点において、天下唯一の価値を持
ち、威風堂々たる人格の風景を醸し出しています。







その後塵を拝し、残された人生を本当に生き切ることへの憧れをもって、若輩未熟な
がら我が一家も関ヶ原末席に推参いたします。







思えば高校では教えない授業を、大学では他者の価値に従わぬ非構成の場を、周囲の
ご迷惑を顧みずに実践させていただき、



何ものにも所属しなくなってからはただ我がままな一本道を歩いてきました。



我が導師、西念寺の和尚からは 「変わり果てたものどうし」 とお言葉をいただき
ました。



常に変わらぬ懐かしいまなざしでこの 「我が身」 を見つめ、見抜いてくださる慈
眼に辞儀し続けております。







コロナの時代のおかげ様で、有縁の方々とご一緒する日々の景色がはっきりと深く濃
くなりました。



この道を参りたいと思います。誠にありがとうございます。











「山も山 道も昔に変わらねど



   変わり果てたる  わが心かな」











               令和二年関ヶ原 戦守人の一  橋本久仁彦











◆ 松岡弘子 案内文 ◆





2020年秋のお彼岸 関ケ原古戦場円坐 ご案内いたします。



今年は雨が多く庭の片隅で茗荷がたくさん生えています。



「阿呆になるけん子どもは食べたらいかん」

茗荷が大好物でこんまい頃はよく言われたものです。

ミョウガとは・・・因果で冥加な呼び名ですが (笑)

薬味に散らしてすだちをキュッと絞るとたまらない!

夏が香ります。



いま茗荷の花が咲いています。

茗荷の花は神秘です。

どこか竹の花にも似ています。



椿の花や桜の花の開花周期は、一年です。

来年の桜は見れるかな、もう見れないかなあ、

と歳を重ねて参りました。



たった一年・・・

されど一年。



昨年の関ケ原古戦場円坐からちょうど一年。

コロナで世界が一気に新たな姿を見せ、

はっきりと、何か重大な事をわたし達に突きつけて来たのを感じます。

皆の生き様そのものが問われている今生の戦(いくさ)となる様相です。

こんな世の中になるなどお正月には誰も予想すらしていませんでした。



今年も関ケ原古戦場円坐を秋の彼岸に開催いたします。

岐阜で行うわたしにとって、生きとし生けるもの見えないすべてのものとの、とてつ
もない大きな舞台です。



各地から名だたる武将達が声を上げ名乗り出てくださり「関ケ原」戦国 五次元絵巻
が今年も紐解かれました。



関ケ原古戦場の常夜灯を目指し、関ケ原に集結する各地の私たちは、他者の姿であり
死者の姿でありますが、

縁起によるこの世の有様でもあり、それはこのちいさな自分という、この世の姿でも
ありますね。



今年に入って、

竹の花が咲くのを、

全国各地で三度見ました。



竹の開花周期は、

人間の寿命を超えているそうで、

何年なのかはわかっていないそうですが、

花が咲くと交配し竹林が枯れるそうです。



一生に一度きりの

華咲き

散りて

枯れる

儚い世



衆生の魂と侍の魂が、

この世で交わるのは、

歴史という舞台だと言っても、

過言ではないと思っています。



歴史は、学者や研究者、政治家や教育者のものではなく・・・



普通に日々生活し、

暮らす私たちの舞台そのものです。



円坐や影舞は生活という歴史的舞台の本質を体現していると言えます。



とある此のくにの歴史を語る人の目に映るふるさとの夏の風景は・・

お盆の海で手も脚も日焼けした少女の瞳にも今も残っています。

麒麟ラガーの輝くあわは、今も聞こえるよしこののお囃子です。

彼の人のさいごの仕事をしている姿はわたしの姿でもあります。



年に一度の関ケ原。

いよいよ、残席わずかとなりました。

ご縁ある方のご参戦をこころよりお待ち申しあげております。





関ケ原古戦場円坐 戦守人の一 松岡弘子







◆ 橋本悠氏 案内文 ◆





去年の関ヶ原からもう何ヶ月で一年。

世の中は色々な災害や国家の情勢で、一年前の関ヶ原円坐の頃とは大きく景色が変
わってしまったように感じます。



新型コロナの影響で多くの人達が自分も死ぬんだということを意識したでしょう。

それでも尚自分だけは大丈夫だ自分には関係ないと思う人と、自分の死と自分に目を
向ける人に大きく分かれたようにも思います。



その混乱に乗じて動こうとする人や国、混乱に立ち向かう人と国にも大きく分かれ
て、世の中が去年よりハッキリしてきた気がします。



天下分け目とまで言われる程、白と黒をハッキリさせた関ヶ原。

そこにいる全員が自分の死を意識したであろう関ヶ原。

きっと皆、自分の命を使ってでも成し遂げたい事があったのでしょう。

今の世の中はその時の空気に近づいているような気がします。



決して時代が逆行しているとか、混沌としていると言う訳では無いと思います。

昔と違い、歴史を重ねネットがあり情報が満ちている今現代という世の中で、お金や
経歴が第一ではない、自分の命で自分が挑戦できる時代が到来しつつあるように感じ
ます。

特に各国が、自国の新型コロナの状況を世界に発信するというのは、それだけ自国が
弱っていると言うのを知らせる行為。

勿論それをしない国もありますが、もはやそれでは時代遅れなのだな、と。

大きな災害を前に各国が弱みを見せて立ち向かうのは、確かに一つになろうとしてい
ると感じます。

ひと昔前では絶対にあり得ない事だと、現代とはそう言う時代なんだと考えます。



こんな大変な時だからこそ、関ヶ原では先人達から教えてもらえる事や手本が多く感
じられるように思います。



常にそうですが、特に今の世界は関ヶ原のように大きな分岐点に立っているのでしょ
う。

この世界で一番物知りなのは生きている人ではなく、人生の最後を見て亡くなった人
達だと思うのです。

年齢なども関係なく、特に死ぬつもりで最後を迎えた人達は人生においてとても大き
な先輩たちだと思います。

関ヶ原で皆さんと共に、人と人生と世の中との勉強が出来ればと思います。



長くなりましたが、当日はどうぞ宜しくお願いします。



関ケ原古戦場円坐 スタッフ 橋本悠





◆ < 開催要項 >>>>>>> ◆



決戦地 岐阜県関ケ原古戦場跡

決戦日 二〇二〇年 九月二十一日 10時〜二十二日 17時 秋のお彼岸

場 所 集合・解散 JR関ケ原駅前 

戦守人 橋本久仁彦 松岡弘子

宿 泊 旅館神山

参加費 三万円

申込み  <mailto:soumon.enza @ gmail.com> soumon.enza @ gmail.com 松岡弘子まで

   

















SIJ メーリングリストの案内